レモンエンジェル 心臓伝言-ハートにメッセージ-




レモンエンジェル 心臓伝言-ハートにメッセージ-
発売日 1989年6月21日
型番 D32A0427


01.心臓伝言(ハートにメッセージ)
02.ANGEL FISH
03.太陽をあげたい
04.記念日
05.第2ボタン
06.ハンサム・ガ-ル
07.17才
08.東京ローズ'88
09.紅茶物語
10.花嫁

 腹の贅肉をなんとかするために、夜プラス日中にもウォーキングをすることにしたのである。

 いつも歩く景色とは違い、昼は情報量がグッと増え、夜では気付かなかったものが色々と目につく。住宅地の外れに建つ一軒のプレハブ小屋、これまで夜歩くときには気にも留めなかった。

 近づいてよく見れば「○○町生活向上研究会」とある。

 私は気になって建物に近寄ってみた。全体的にネズミ色で学校の用具入れを思い起こさせる簡素な造りである。

 入り口に手をかけると鍵はかかっておらず、戸はスルリと難なく開いた。入るつもりはなかったのだが、開いてしまったから仕方が無い。挨拶をした。

「ごめんください」

 中には地味な色のスーツパンツに、クールビズのタイなしシャツを着た、五十代後半の禿げ上がった貧相な男が、事務机に座って書類をめくっていた。

「ごめんください」

 もう一度声をかける。

「いらっしゃいませ」

 中年男は何やらオドオドした様子で書類を隠しながら挨拶を返してきた。

「この近所に住んでおります呉エイジと申します。今まで住んでいてこちらに全く気がつきませんでした。こちらはその、一体どういったことを?」

「ま、まぁおかけになってください。つ、冷たい麦茶とかはいかがですか?」

 俺は一瞬イラッとした。こちらの「ここはどういう所なのか?」という直球な質問を、やんわりとかわして受け流しているように感じられたからだ。受け流す、ということは触れてほしくない、という本音が心の奥に隠されていることを示しているものだ。よく観察してみれば、下手にでればどんな局面でもすり抜けられる、いや今まですり抜けてきたし、という太々しい顔をしている。

「麦茶、いただきます。いやですから、ここは何をしているところなのですか? と聞いているんですよ私は。生活向上、まして○○町は私の住んでいる町だ。その町で何を研究している機関で、どういった運営をされているのか聞いているのです。私に知る権利はありませんか?」

「いえいえいえ、お問い合わせを頂いたら全部説明するように、と国からいわれておりますので、説明責任は果たしますが」

「国?」

「そ、そうです。ここは税金で運営されており、私のお給金もそこから頂いております」

 俺はオッサンの「お給金」という言い方にもイラッとした。そしてオッサンは話している間中ソワソワとして落ち着きがなく「追求をやめて早く帰ってほしい」という性根が見え見えであったが、血税で運営とは聞き捨てならない。私が泣きながら勤めている今すぐにでも辞めたいブラック企業、その給料からこのオッサンにいくばくかの金が流れている。その背景が私の怒りと追求を更にヒートアップさせていった。

「一人で、ですか?」

「一人で運営しております」

「いくらで?」

「は?」

「だからお金の流れを説明しろ、って言ってるんだよ」

「はいはいはい、私はこの町の担当でございますので、一世帯毎月3000円を徴収させて頂いておりますですはい」

「ち、ちょ、待てや。毎月3000円? この新興住宅エリア、100世帯はあるやんけ、それならナンボになるねん、ええと」

「それくらいの計算でエアひっ算しないとわかりませんか?」

「やかましい。なんやて? さ、30万になるやんけ。毎月このプレハブに30万も入るんか? あんたの給料か?」

「そうでございます。私は皆様のお力で生かされておりますですはい」

「どうやって選抜されてここに就くことができるんじゃ」

「は、はい、それはこの○○町に住む住人の方であれば誰でも資格はあります」

「ワシにもか?」

「は、はい」

 知らなかった。世の中知らなければ損することが多すぎる。毎月30万円だと? いますぐ会社を辞めてこっちに移っても、贅沢さえしなければなんとか生活レベルを変えずに破綻無く生活していける。

「何年勤めているんだ?」

「今年で二十年になりますですはい」

 オッサンは弱々しく蚊の鳴くような声で答える。

「なんで交代しないんだ?」

「それはこの町の方から、誰一人として立候補がないからでございますですはい。ですから続けさせてもらっております」

 私は怒りで眼球内が真っ赤に染まった。身体もいくらか震えがきている。

「で、ど、どんな業務をこなしているんだ。俺の血税でどんな仕事をやっているんだ」

「それはでございますですね、あの、生ゴミの収集場所とかございますよね? あそこの戸、なんども開け閉めしておりますですと、引っ掛ける針金がピンと伸びきってしまいまして、ビローンと開き勝ちでございます。それをペンチでもってキュッと曲げまして、戸が開かないようにしたりですね……、猫とかカラスとか来ますもので、はい」

「勤務時間は?」

「は、はい、朝の九時から四時半まででございます」

「月から金までか?」

「おっしゃる通りでございます」

 一瞬の静寂。オッサンは目を閉じ災難が通り過ぎてくれるのを祈っているかのようであった。その短い勤務時間でその程度の業務内容…、それを俺の血のにじむような血税から…。

 バシーン。

 俺はフルスウィングでオッサンの頬を張り倒していた。

 ガンジーか? と思えるほどの無抵抗主義! オッサンは微動だにしない。抵抗しない、ということは確実に後ろめたいことがある証拠である。

 バシーン。

 もう一度フルスウィングでオッサンの頬を張り倒してみた。心底腹が立ったこともあったが、滅多に他人の頬を叩くこともないので、無抵抗なのをいいことに、つい調子に乗ってしまったのである。

 オッサンの鼻からは、タラーっと細い血が流れる。

「オッサン、その後ろの額の賞状なんやねん『NQO法人生活向上研究会』て。NPO法人なら聞いたことあるけどNQO法人てなんやねん、どないやねん。めっちゃ胡散臭いやんけそれ」

 はただ黙り込むだけであった。

「任期は?」

「は?」

「だから任期は何年で交代やねん」

「二年でございます」

「それで誰もこの町から立候補しないから続投し続けとるんか」

「そういうことになっております」

 私は完全に頭に血がのぼってしまった。知らなかった、こんな機関があるなんぞこれまで知らなんだ。ここに就けば、会社を辞めて節制して文筆で収入を得る活動に全力投球できるではないか。

 気がつけば私は部屋の端にある水のはったバケツを手に持っていた。

 バッシャーン。

 大きく振りかぶって水を顔から全力でオッサンにブチまけてみた。やはりオッサンは微動だにしない。ポタポタと情けなく落ちる滴。見れば静かにメソメソと泣いているようにも見える。

「おまえ、あれか。最初はそんな単純な作業で給料を貰って、それも税金から賄われるお金を受け取って申し訳ない気持ちもあったが、利権に取り込まれ、利権を貪り、いつの間にか「このままでいいや」みたいな悪の心に支配されてみたいなパターンか」

「悪もなにも、私は定められた業務を日々こなして、この町の生活向上に努めておるだけでございますですはい」

「生活向上って、なんか笑わせよるけど、今日は他にどんな業務をしたんや。見ればもう帰る時間やけど、言うてみい。ワシに報告してみい」

「本日は三丁目の掲示板に貼られている三年生の女の子が書いた飛び出し注意のポスターの端がはがれそうでございましたので、糊で改めて貼り直してまいりました」

 パシーン。聞き終わるまでに私の張り手はオッサンの顔へ綺麗に入っていた。

「俺の会社にも一人いたよ。労働組合の報告員、これ、各事業所から一人選抜するんやけど、入社してから面倒くさそうだな、と、別に深く知りもせず敬遠してたんや。でもな、金に汚い同僚が七年続投して、労働組合の偉いさんが事業所へ朝礼に参加したとき、ここは七年ですね、普通一年で交代なのですが、という話をその人と交わし、ワシがその人と詳しく話をしてみたら、任命されるだけで報告員手当が毎月二千円入るらしいやんけ、ろうぎんの口座経由で、そして事業所の議事録まとめたらそれでも手当とか給料とは別で出るし、その後輩、黙って利権を貪り続けてたんじゃ。ワシ、そいつの胸ぐら掴んだよ。一年で交代やんけ、と。今はワシが報告員になってるけどな」

「は、はぁ、も、もうこの辺で気が晴れましたでしょうか? そろそろ退勤の時間でございますので」

「まだ話は終わってないわ。二十年て、どないやねん。ワシらの血税でええ思いしやがって」

「今後更に皆様の意見を取り込み、活動を必ずや向上させて参りますので、これでご意見の全部、とさせていただいてよろしいでしょうか?」

「何逃げ腰になっとるんじゃオッサン」

「では私にどうしろ、と」

「代われ」

「は?」

「だからワシと代わ…」

 俺が言い終わる前に、オッサンの結構強めの握力のアイアンクローが、私のほっぺたに入っていた。口を開けていたので、両頬の柔らかい部分がアイアンクローで握り潰され、私のタコチュー唇は八の字の輪郭のしぼんだ風船のようになっていた。上目遣いでオッサンを見る。

「もう一回言ってみろ」

「はわ(代わ)…」

 俺が言い終わる前に左肩に激痛が走った。見ればオッサンが俺の左肩へシャープペンを突き刺している。

「カチカチカチカチ」

「は、はめて(や、やめて)」

 オッサンは容赦なく突き刺さったシャープペンをノックする。芯が身体の中に入っていく。身体に悪いのではないか? いや、それ以前にこれは傷害事件ではないのか? 身をよじらせて痛みに耐える。アイアンクローが強すぎて離れられない。

「えー、どれどれ、呉エイジと、チッ、チンケな人間やんけ。NQO法人の力を舐めんなよ」

 俺はオッサンに強烈な頭突きをもらって椅子に倒れ込んだ。

「オマエの個人メールを傍受した。なんやねんこれは」

「こ、これは会社のパートの井川遥似の40歳の主婦に送ったメール! なんでここに表示されてるんだ?」

「敬語使わんかい」

 オッサンの回し蹴りが俺の首へ奇麗に決まった。

~井川(仮名)さん仕事の飲み込みが早くて助かってるよ、でもこの会社キツイでしょ?(笑)ほんと仕事なんて辞めたいよね。でも井川さんとなら例えキツイ工場勤務に転職したとしても俺は楽しいだろうな~

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「ワレ、こんなメール主婦に送って情けなくないんかえ、これはあれか? サブリミナル狙いか?」

「あわわ」

「その翌日のメール、これも人として最低やな」

~井川さん、ほんと毎日細かいところまで気を配ってもらってお疲れさん。ほんと毎日ヘビーだよね、ストレスにまみれてるよね、今度課のみんなで森林浴とか行きたいよね。井川さんとなら楽しいだろうな~

sexy2.jpg

「これ、どないやねん。江戸川乱歩の『赤い部屋』よろしく、プロバビリティーの犯罪を気取った、いつかはどれかが当たってくれるだろう的な戦術か? あ?」

 オッサンの正拳が鼻に入る。俺の鼻の周辺が生暖かい。血がドバドバ流れているのであろう。

「お、俺は悪くない。井川さんの方から休憩中に『もう五年も日照りが続いてるわ』って冗談飛ばしてくるから、こんな奇麗な人がセックスレスなんだ、なんでだ? みたいな素朴な疑問から…」

「これはあれか? 画像で誘導しておいて『もー、呉さーん』みたいなリアクションが女側からきた場合『ん? 何に見えんの? はぁーっ、なるほど言われてみれば後背位に見える』みたいな『エロスを先に醸し出してきたのはそっちだ』戦法なわけか、とことん最低な野郎だな、貴様は金髪ブタ野郎のひり出したウンコの、側面に付着した未消化のコーンだな。それ食って寝てろ、って話」

 言い終わるとオッサンの二本指が俺の両目に決まった。目つぶしで涙が流れる。痛みで泣くなんて何年ぶりだろう。

「NQO法人の力を舐めんなよ。この傍受したメールの消去料、明日までに一万円もってこい」

「む、無理です。うちは鬼嫁なので急な一万円の出費なんて無理です」

「なら親に借りてこい」

「わかりました」

 私は知らぬ間に泣きながら家までの道のりを全力でジョギングしていた。世の中には首をつっこまない方が、知らぬままのほうがよいこともある。特にお金が絡むと怖いのだ。





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Author:呉エイジ
マックピープルの巻末に毎月こっそり「我が妻との闘争」を連載しておりました。電子書籍1巻から5巻、絶賛発売中!

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