我妻佳代 48



我妻佳代 48
発売日 2003年12月3日
型番 MHCL335

01.プライベートはデンジャラス
02.Mr.Dreamer
03.ひとさし指のワイパー
04.ナチュラル通信
05.Seキララで行こう!
06.気になるアイツ
07.悲しみの向こうがわ
08.メロメロンの召しあがり方
09.Welcome to the Wonderland
10.夢だけ100%
11.Merry Funky Night
12.「嘘つかない」ってウソ
13.夏への星座
14.アイツはハリケーン
15.チャイナタウン
16.チェイス!
17.U.S.Sunrise
18.夢に持っていく言葉

「福ちゃん」

色々と、行き詰まっていたのだろう。全てにおいて頭打ち。思い描いていた人生の設計図からは、だいぶ離れた所に来てしまっていた。部屋の隅っこでため息ひとつ。何をやっているのか。そもそもため息をつく人間など一番嫌いだったはずではなかったのか?

気分転換に旅へ出た。金曜日に有給を取り、土日の休みと合わせて二泊三日の日程を組んだ。

家族には「息抜きをしないと鬱になるかもしれない」と少し大げさに言い、家計から旅費を出してもらった。

何十年も真面目に勤めてきたのだ。これくらいのワガママを言ってもバチはあたるまい。

行く先はかねてから決めてあった。

愛知県の名古屋市である。幼き頃過ごした場所であった。

なんのことはない。軽い郷愁とセンチメンタリズム。幼児退行の類いなのだろう。

親父の仕事の都合で小学校二年の時に転校となり、兵庫県へと移り住んだ。私は転校などしたくなかった。学校も近所の友達やおばさんも、みんな大好きだったからだ。

行けばおよそ30年ぶりとなる。

今の代わり映えせぬ日々と違い、あの場所は私にとって光り輝いていた。

iPhoneの地図アプリに「吹上小学校」と入力する。瞬時に画面へ表示される。廃校にならず、まだあるようだ。

続けて住んでいた「今枝マンション」と入力してみる。こちらも瞬時に表示された。

どちらもまだ潰れずにあるようだ。

私は車に簡単な手荷物を積み込むと、高速道路を乗り継いで一路名古屋を目指した。



iPhoneが場所を告げる。

そうだ、ここだ。確かにここだ。

懐かしさが胸に込み上げる。

子供の頃、車に気をつけながら小さい自転車で走り回った道路。路面電車は無くなって舗装されていた。

確かにここだ。私はここに住んでいた。

学校へ行く為に毎日通った歩道橋。いつもモウモウと蒸気が上がっていた、角のクリーニング店もまだあった。

住んでいたマンションを通り抜けてみる。住人とすれ違う時に不審そうな目で見られてしまった。

そうだろう。一歩間違えば不審者だ。

周りを見渡してみると、一部を除き完全に様変わりしてしまっていた。30年という月日は残酷である。

マンションの先に、確か一番仲の良かったクラスメートの家があったはずだ。

私はマンションの脇に車を停めさせてもらって、早足でその子の家へと向かう。

確か名前は「原くん」だった。

思っていた場所は新しい家が建ち並んでいた。原くんの家は豪邸で、その跡地と思われる場所に三軒の新築の家が建っていた。

はるばるここまで来たのに、なんなのだろう。この心の温度差は。あれだけ愛した場所なのに、今の私には全く接点がない。

いや、勝手に美化したり、過剰な郷愁にふけっていたのは私の方だろう。実際はこんなものだ。

仮に今ここで原くんが出てきたとしても「どちらさんですか?」と不審そうに言われるのがオチだ。たった小学校の一年と二年を過ごしただけの間柄。親友と呼べる年齢でもない。普通は覚えているはずがない。

「小学校二年で姫路に転校した奴? そんなのいたっけ?」

と言われるのがオチだろう。

私は一体何を期待してここまでやってきたのだろう。

親の愛に包まれ、何の不安も無かった季節。そんな物などここには何一つなかった。あるのは残酷に流れすぎた時間だけであった。

車に戻り、徐行で記憶を頼りながら街を走る。

隣に住んでいた「東山のおばちゃん」の家が個人経営の社長さんの家で、当時、会えば小遣い千円をくれた。単純に一ヶ月に10回会えば一万円になる。

今でも千円の小遣いを近所の子にやる気など私にはない。30年前の物価と照らし合わせてもとんでもない生活ぶりだ。

よっぽどの金持ちであったのだろう。

その東山おばちゃんから小遣いをもらって、商店街のおもちゃ屋「ヨゴ」と「ミッキー」で超合金のおもちゃを買ったものだった。

その場所を思い出しながら車を進める。

シャッターが閉まっていた。その通り一面、シャッターが目立つ。今日が定休日ではなく、長い間営業されていないような雰囲気もある。

こういう昔ながらの商店街は今では流行らないのか、あれだけワクワクしながら通った道が、すっかり寂しい通りへと変わってしまっていた。

商店街を抜けて小学校へ。

ここでフト気付く。自転車を駆って延々と我が物顔で走り回った広大なテリトリー。それは今の大人の目で見れば、猫の額ほどの、悲しいくらい小さなエリアであったことを。

小学校一年生の大冒険は、たかだかこんな狭いエリアだったのか。と愕然とするのであった。

吹上小学校を抜け、吹上公園へ。ここの富士山の滑り台はまだあった。懐かしさで胸が一杯になる。

何もかもすっかり変わってしまった。ここに何かを期待したのは間違っていた。あれから時は過ぎ、私の勝手な郷愁など、この街のどこにも入る隙はなかった。

とんだ一人相撲だったな。何も無いことがわかる授業料にしては高くついたもんだ。

苦笑いしながら滑り台を降りて車に戻る。

「俺はもうすっかり関西の人間になってしまったのだ」

そんな事を考えながら裏通りを走っていると、懐かしい光景が目の前に現れた。

角っこの駄菓子屋だ。ボロボロの木造住宅、兼駄菓子屋。あの頃のまんまだ。一度も改装していないようだ。

いろんな記憶が瞬時に蘇ってきた。そうだ。ここには弟と毎日来た。東山おばちゃんから貰った小遣いで、一日中遊んでいた。

店の前に置かれていたルーレットゲームや店内のクジ物など、他の子供たちは一日50円くらいの小遣いであったが、我々兄弟は千円づつ持っていたので(東山おばちゃんは一人に千円ずつくれていたのだ!)夕方まで遊んでいられた。

そして店主の「福ちゃん」

表札に福田とあったので、我々兄弟は勝手に陰で福ちゃんと呼んでいた。少し馬鹿にしながら。

軽い障害があったのだろう。福ちゃんはあまり上手く話せなかった。

そしてお釣りの計算も大層な時間がかかった。

「兄ちゃん、福ちゃんさぁ、お釣り出すとき両方の指を折りながらお釣りを出すよね。100円で40円だから、って指で数えてるよね」

子供というものは残酷である。そういう人を小馬鹿にしながら毎日通っていたのだから。

ハザードを点けて車を店の横につけると、私は店内の様子を伺った。

あの時のまんまだ。一度も改築、いや、あの福ちゃんにそんな甲斐性はないだろう。よく生きてまだ営業できていることに感心した。

いや、多分ご両親がこの辺の土地持ちで、おそらく家賃収入か何かで暮らしていけているのだろう。国からの障害の援助とかも、あるのかもしれない。

でなければこんな汚い駄菓子屋なんぞ、先ほどのシャッター商店街よりも早く真っ先に潰れているはずである。

木の戸は引っ掛かりながら横に滑った。店の中には商品が陳列してある。

「うわぁ、まだやってるよ」

私は吹き出しそうになった。店は照明も暗く、電気も戦後のバラックで使われていたような貧相な裸電球である。

掃除も全然していない。商品に埃が積もっている。かなりひどい部類の駄菓子屋である。いや、あの頃もこんな感じだった。何も変わっちゃいなかった。

そこでようやく奥から物音がして店主がゆっくりと現れる。

それは紛れも無く福ちゃんであった。

覚えている。ハゲにこそなっていないが、あの頃のおカッパ頭がそのまんま白髪になっていた。シワも増え、少し太ったようである。

まだこんな感じで店を営業していたのか。そして私が店に入って五分は経過しているのに、今頃出てくるデクノボウ振りもそのまんまであった。

私は必死に笑いを堪えて店内を見渡す。

きっとあのしっかりした、いつも店の前をほうきで掃除していたご両親も亡くなられたんだろうなぁ。可哀想に。どうせ結婚もできていなくてここで独りぼっちなのだろう。悪い親戚に家賃収入など横取りされてなきゃいいがな。

そんなことを考えながら憐れみの気持ちで高めの商品を手に取ってやる。

少しでも生活のたしにすればいい。悪い親戚も駄菓子の収入までは取らんだろう。

木のカウンターに、時代遅れも甚だしいあの頃のままの変色したレジが並ぶ。

「これください」

私は小馬鹿にしながら商品を投げた。

「む、む、昔、よく、き、来て、来てくれましたよ、ね」

不意打ちであった。目が点になった。

目の前の福ちゃんは、目の横にシワをいっぱいためて優しく微笑んでいる。

私は自分の心の醜さを恥じた。馬鹿にするなんてとんでもなかった。会話は下手糞だったかもしれないが、福ちゃんの記憶力や思考能力は、常人や健常者のそれ以上であったのだ。

福ちゃんは震える不器用な手つきで、駄菓子を白いナイロンに詰め替える。懐かしい目で私を見つめる。30年前、二年間毎日通った客を、ちゃんと憶えてくれていたのだ。

「よ、よく、お、弟さん、弟さんと、毎日、手を、おててを、繋いで、なか、仲良く来てくれ、ました、よね。おと、弟さんは、お、お元気ですか?」

涙があふれ出した。止めることなど出来なかった。埃まみれのカウンターに大粒の涙が落ちる。俺の名古屋はこんな所に残っていた。

「はい、元気にしております。ありがとうございます」

私は泣いているのを福ちゃんに悟られぬよう、何度も何度も深く頭を下げるのであった。


いつも来てくれてありがとう。ぜひ上の白いボタンをぜひ押してくれよ。発作的にこういう小説も書いてしまうんだ。実話と虚構が半々のお話なんだ。堪忍してね。

コメント

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Re: タイトルなし

それでも数十年ぶりに訪れた時、
カウンターでしげしげと見つめられたんですよ。
多分、どっかで見たなー。くらいには思ってくれてたでしょうね。

福ちゃんの言葉はないなとすぐ思ったけど、何も語らなくても感じるものがあるってのは分かりますね。
そこを巧く書くのが作家なんでしょうね。

Re: No title

ありがとうございます。
この話は実際に、住んでいた名古屋へ旅行したときに思った事を
書いたものです。
ラストシーンの会話は本当は無かったのですが、無言で何か言いたそうに
しげしげと見られたので、希望を込めて推測で書きました。

No title

ぼくも小二で転校したこともあって、なかなかひきこまれました。
十年程前に訪れたこともあり、スケールのちがいもリアルに感じました。
シニカルな展開からのラストは感動的でした。
またこういうの読みたいです。
渾身の最新単行本
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